長崎剛志/N-tree 28周年記念庭園美術展『原始庭苑』奈良 巡回展 〈2025年 6月28日(土) 〜 7月8日(火)〉の展示の様子をこちらでお伝えいたします。

東京、長崎に続き、長崎の出身地でもある奈良での巡回展は、特別史跡、特別名勝に登録されている奈良時代の庭園遺跡、平城京左京三条二坊宮跡庭園にて開催されました。 宮跡庭園は奈良時代の庭園遺構で、古代の庭園の姿を見ることのできる貴重な空間です。奈良は宮跡庭園をはじめ、神社や仏閣、古墳が生活の中にあります。長崎の幼少期の原風景を遡り行き着くのも、石舞台の不自然な形象や東大寺南大門の柱(神)、そしてその奥に見える木魂でした。原始庭苑を模索する中で、庭、そして長崎自身のルーツを辿ることは自然な流れでした。そのため、生まれ育った奈良の地にある庭園遺構で原始庭苑展を開催することは、当初より計画されていました。
今回の主となる庭園の園池の側には、2024年に完成した神仏習合の庭「諫早神社の御神苑」に鎮座した三柱鳥居のインスタレーションが据えられました。東京展、長崎展と同様に、作品と空間の境界は曖昧に構成されています。


また、全部で四箇所ある掘立柱建物跡スペースには、彫刻作品や板木画を組み合わせた展示がされました。東京展で木々に混じって立てられた「悲しみの予防(魂に言い訳をしないで)」は、地面に寝かせられ、違った表情を見せています。その姿を隠すように敷き詰められた砂利は、庭の現場でも使用される身近な素材です。間から覗く作品の断片的な模様は、宮跡庭園の中では発掘された何かの痕跡のように見えてしまいます。敷石や丸太など庭仕事の素材と作品とがフラットに組み合わさり、それぞれが呼応した空間が作り出されました。

復原建物前には「四方源矢」が展示されました。東京展では屋内での展示でしたが、ここでは周りの緑や建物と馴染み、一見すると作品とは分からないかもしれません。三柱鳥居のインスタレーションをはじめ、庭園と作品群を通して見ると、古代と現代が混じり合い、時代を限定されない風景がそこにあるようです。




一方、復原建物内では、油絵や版画の作品に加え、これまでN-treeが手がけた庭の作品写真や映像が展示されました。陶器の三柱鳥居のサンプルも持ち込まれ、実際の質感が分かるようになっています。映像では諫早神社の御神苑の作業風景や、2020年から2024年にかけて進めていたプロジェクトのアイデアを紹介していました。


また、会期中には、全会場で行っているトークイベント「これからの神社仏閣の庭を考える。」が開催されました。
はじめに奈良市文化財課の方より、宮跡庭園についての説明がありました。平城宮の建物や寺院などは、「天子南面す」という言葉があるように東西を主軸として南に向いた建物が多いのとのことですが、宮跡庭園は東側を向いており、若草山や御蓋山の山並みなどを眺めながら宴席を行っていたのではないかと言われているそうです。出土品から平城宮の離宮か、皇族の邸宅とも言われており、宮跡庭園との名がついたとのことでした。池の形は龍の姿か、かつて天皇の離宮があった、吉野川宮滝付近の地形を模したものではないかとも言われているそうです。
長崎からは、諫早神社の御神苑を手掛ける中で、改めて神社仏閣の庭について考えることになったことや、今後の庭についての妄想が話されました。最後の質疑応答では来場者の方も交え、園池について考察する場面もありました。
2024年9月に東京 Gallery 5610を出発し、11月に長崎 諫早神社を巡回してきた原始庭苑展は、2025年6月、奈良の庭園遺跡、平城京左京三条二坊宮跡庭園までやって来ました。
現在の拠点地から、自身の手がけた神社の庭、そして古代の庭へと場所を移し開催された今展覧会は、これまでの軌跡を振り返ると同時に、この先へ進むための出発点でもありました。
場所ごとに空間を読み解き、都度答えを模索しながら、作品群は形を変えて場所におさまっていきました。同じものでも場所や見せ方を変えると違う意味が生まれてきます。意図的なものもあれば、偶然生まれたものもあり、創造的な時間がそこには存在していたかと思います。我々と共に変化し続け、生まれる瞬間の創造性を含んだ庭、『原始庭苑』を模索する旅はまだ続きます。
大変お暑い中、遠方より多くの方にお越しいただき、誠に感謝申し上げます。どうもありがとうございました。