長崎剛志/N-tree 28周年記念庭園美術展『原始庭苑』〈2024年 9月28日(土) 〜 10月5日(土)〉、長崎 巡回展〈2024年 11月1日(金) 〜 4日(月)〉の展示の様子をこちらでお伝えいたします。
東京の会場では28年間に渡る作品を展示いたしました。初期の頃の油絵や板木画、彫刻をはじめ、近年の庭園作品の写真や模型など、様々な素材や手法を使った表現をご覧いただく機会となりました。
キャプション等の説明は一切設けず全ての作品をフラットに展示することで、全体を通してーつの風景になり、N-treeの庭園像がみえてくるような展覧会を構成しました。
変化し続ける庭の仕事は、そのまま自身のアート作品にも反映されています。今回屋外に展示した作品には、庭に関わる具体的な仕事から着想を得たものもあり、枝を剪定した時に光が入ってくる様子を板木画にしたもの「悲しみの予防 (魂に言い訳をしないで)」や、庭木の成長と剪定作業の関係性を表現した油絵「Seeds were sown」などがあります。
「Seeds were sown」は年輪に見立てた複数のキャンバスが木枠にぐるりと巻かれています。そこには木をとりまく精霊たちが描かれ、年輪が重なっていく様子を表現しました。このキャンバスの庭木の枝や葉っぱ、そして咲いた花は剪定によって切り取られ、その油絵の切れ端は額におさまり別の絵画として生まれ変わります。今回その小さな額はギャラリー内部に展示され、ギャラリーの内外の関係性を生み出そうとしています。
今回の新しい作品として、ギャラリー内中央に展示された、「四方源矢」があります。ギャラリーの三分の一に当たる四方のスペースを注連縄で囲い、人の入れない空間としました。長崎県諫早市にある、諫早神社のプロジェクトに携わる中で、「神社の庭ってなんだろう?」というところから構想した作品です。名もない石に人が神を見出し、祈りを捧げ、祀り、敬意を示した時、そこに磐座が生まれるように、破魔矢に見立てた四本の柱が作り出す空間は、名もなかったはずのその場所に人が神性をみることで神籬となるのではないか。または最小の御神苑ともいえるのかもしれないという、現時点での一つの答えでもあります。
関連イベントとして、見えない人、聞こえない人と巡るギャラリーツアー、トークイベントも行いました。
以前より自身の展覧会では視覚に障害のある人と観る会を開催してきました。これは創作活動を始めた当初より、障害者アートに関わり、エイブル・アートの考え方に賛同していることから行なっているものです。
[エイブル・アート ー 障害のある人たちが表現活動を通じて、生きる尊厳を獲得すると同時に、障害のある人たちのみずみずしい感性あふれる表現活動を通じて、社会に新しい芸術観や価値観を創ることを目的としている。アートを通して、だれもが豊かに生きることのできる社会の実現を目指す。 エイブル・アート・ジャパン ウェブサイトより抜粋]
今回は初めての試みとして、手話通訳の方を招き、見えない人と聞こえない人を含めた、その場にいる全員とコミュニケーションをとりながらの鑑賞となりました。
まずは何の説明もせず、四方源矢の周りを歩くことから始めます。注連縄を伝い、柱を触り、大きさを共有した後、作品の説明をしました。この空間に神を感じるか尋ねましたが、「あまり・・」と首を傾げる率直な反応もありました。
グループで二つに分かれ、ギャラリーの中と外を鑑賞します。アーティストの久保田友理子さん、デザイナーの水川史生さんが案内をし、それぞれに手話通訳の方もついて参加者同士で自由に話し合います。「悲しみの予防 (魂に言い訳をしないで)」を鑑賞している際には、黄色の色味を説明したり、「この黄色は木に関係することだから樹液かな?蜂蜜かな?」「光かもしれない」などの意見が出ました。「悲しみの予防 (魂に言い訳をしないで)」は、前述の通り枝を剪定した時の光を描いた作品で、参加者の言うように、黄色は光から来ている色でした。
ツアー後は全員で感想や質問を共有しました。会場に作家がいて、作家と直接対話しながら鑑賞する機会というのはあまりなく、面白かったという意見がありました。また、キャプションがないことで、より自由に想像が膨らみやすかったかもしれません。
初期の木の彫刻や、板木画にしてもそうですが、人間を描くと足から根っこを生やし、木をかくと人間に見えて顔を描いてしまう性質が自身にはあり、全てに命が吹き込まれてしまいます。
元々ギャラリーの庭には彫刻作品が置かれていますが、庭の木とも絡めて展示することで一つ一つの作品の境界を曖昧にしています。屋外に展示した作品はどこまでが作品でどこまでが庭なのか、境界を消して構成しました。
トークイベントでは諫早神社の御神苑の作業工程の動画を見ながら、参加者からの質問を募りました。
また、今展覧会では、着た人たちが集まることで庭になる、マテリアルウェア「森森磊磊(しんしんらいらい)」Tシャツも販売しました。このTシャツはN-treeの手がけた庭の写真を全面に、表には木(写真:「自然な庭、不自然な庭」)、裏には石(写真:「西治プロジェクトの茶庭」)の文字をプリントしたものです。ギャラリーの外に集まり、皆で庭をつくりました。
会期後には、「今ノ庭 [間・02]」「自然な庭、不自然な庭」でオープンガーデンを開催し、写真だけでは伝えることの難しい、実際の庭の空間を感じられる機会となりました。
「今ノ庭 [間・02]」は2002年に作られた庭で、これまでに施主との話し合いを通し、その都度形も変化してきました。最初の頃の作品なので、年数と比例して、試行錯誤の跡が積み重って見えてくるような庭です。
「森森磊磊」Tシャツの表面にもなった、「自然な庭、不自然な庭」は近年の作品です。敷地にそびえるコブシの巨木を生かし、緑あふれる庭にしたいという施主と、建物を植栽で囲ってほしいという建築家の双方の想いから、自然に対する概念を問い直したいと考え、プレゼンテーションで一枚の山崩れの写真をみせたところから始まったプロジェクトです。山崩れが起こった数年後のイメージで自然な風景を描くことを試み、住む人が駅から歩いてくる時のアスファルト舗装の足裏の感触から住まいの獣道に踏み込んだときに感じる気持ちの移り変わりを意識して作庭しました。オープンガーデンでは、住人の方もにもご参加いただき、出来てから5年後の生い茂った緑の中、意見を伺うことができたのは大変嬉しく思いました。
活動初期のものから最近の作品までを一度に展示したことはこれまでなく、大きな視点で自身の活動を俯瞰することとなりました。そこから見えてきたものは、全ては根っこで繋がっているということ、つまりは自身のテーマでもある「根っこまで考えます」を当初より変わらず、これまで表現してきたことでした。東京の会場では延べ人数 280人の方にお越しいただきました。ご来場いただき誠にありがとうございました。
一方、長崎での巡回展は、庭そのものを作品として、今夏に完成した諫早神社の御神苑のお披露目となりました。
28年間の作品をまとめた作品集『原始庭苑』のサンプルも展示いたしました。こちらは展覧会のコンセプトと同様、キャプションをなくし、作品をフラットに見てもらえるようにまとめています。2025年初夏に開催予定の奈良巡回展に合わせて制作を進めています。
長崎巡回展では、庭に据えた駱駝石と四方源矢の一柱で小さな神籬(ひもろぎ)を構築しました。また、東京展から二点、和紙と墨の板木画、ブロンズの彫刻を展示しましたが、この諫早神社の御神苑では元々あったかのように同化しています。そこに庭とアートの境目はなく、あくまで庭の世界を構成するものの一部として組み込まれています。元々は庭とアートを分けて捉え模索していた時期もありますが、海外で自身の庭がArt Gardenと評されたことから、現在では庭園美術と呼ぶに至っています。
11月3日(日)文化の日の庭園ツアーとトークイベント「これからの神社仏閣の庭を考える。」では多くの方にご参加いただきました。普段は登れない雲仙塚で、三柱鳥居の磁器のディテールや鯨石を間近でご覧いただきました。ゆっくりと御神苑を回りながら、出来上がるまでのプロセスや、コンセプトをお伝えできる機会となりました。
自分で好きなようにに山の形を作るのではなく、九州の守り神をお祀りする四面宮の総本宮、温泉神社のある聖地、雲仙・普賢岳を再現しようと考えました。島原半島の各地には四面宮が点在していますが、諫早神社も四面宮の一つなのです。そうして出来上がったのが合計700トンに及ぶ巨石の石組、雲仙塚でした。雲仙塚では、形・位置を忠実に再現することを試みました。そのために模型を作成し、現場で石組と見比べながら、石の大きさ、形、方向を決めて据えていきました。
最後は諫早神社の広報デザインに携わる古賀正裕さんをお迎えして、対談形式でのトークイベントを開催いたしました。
この御神苑が今後どのように利用され、どのような形になっていくのか、とても楽しみです。人や生き物が関わることで、ますます繁栄していくように願っています。生命の集まる庭の声を聞いていただければ嬉しく思います。
東京、長崎、両会場を通して、28年間の活動の軌跡を辿り、『原始庭苑』というテーマでこれからの神社仏閣の庭園のあり方を模索したことは、今後の創作活動の方向性がより明確になりました。
痕跡を残しながらも、変化し、新しい在り方を探ること、そして見たことのない創造性を持たせること。言葉で表すことの難しい自身の活動ではありますが、今回掲げた『原始庭苑』、つまりは、はじまりの創造を常に追い続け表現することを試みているという点では、表現は様々でも同じ方向性を持って手を動かしているということが分かる展覧会となりました。
両会場共にたくさんの方にお越しいただき、様々なお話をできる時間をいただいたことに感謝申し上げます。ありがとうございました。